記憶が引き連れてくる香り

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驚いた沙耶は、窓から視線を隣の石垣に向けるが、当然ながら石垣は前を向いている。 その横顔からは何の感情も読み取ることが出来ない。 「経営には直接関わっては居ないが、重要なポジションには置かれていて、常に動向をチェックし、たまに口を出してくる。今日は嘉納―かかってきた電話の相手だけど―あいつとの付き合いに関しても苦言を呈していたな。」 石垣の喉がクッと鳴った。 恐らく笑ったのだろうが、どこかしら嘲(あざけ)りのような要素が含まれている。 「あとは、お前の始末のこと。あれは相当お冠だったもんなぁ。俺が黙ってろって言った意味、わかったろ?」 「…最初から教えておいてくれれば良いのに。お陰でひやりとしたわよ。」 「とりあえず、国外追放されなくて良かっただろ。俺もまさか、罰を今考え中です、なんて言えないしなぁ。」 茶化すように石垣が言った。 「早く考えて国外追放でもなんでもやんなさいよ。そしたら逆に清々するわ。」 沙耶が言うと。 「それじゃつまんないだろ。」 さらりと石垣が答えるので、鬼畜だと言い返してやった。 一瞬の沈黙の後。 「―私、知らなかったんだけど、、お父さん、具合悪いの?」 やはり引っかかっていたことを、沙耶は石垣に伝える。 「え?」 「あの人、最後に訊いたことが一番知りたそうだった。」 あの人、とは、石垣の叔父のことだ。 ついでに言えば、石垣はこの質問に対し、聞こえなかったフリをした。
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