記憶が引き連れてくる香り

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―『父親の様子はどうだ?』 探るような叔父の口調に、石垣の父親の具合が悪いのかなと勝手に思い込んでいた。 「お前は本当に呆れた奴だな。新聞とか読まねぇのかよ?」 ややあって、石垣が溜め息を吐いた。 「なっ…!だって新聞なんかうち取ってないし!」 「じゃ、ニュースとかも?」 「悪かったわね、テレビもラジオもないのよ!」 本当に知らなかったのかよ、と石垣が呆れ声を出すので、なんだか責められているような気分だった。 「俺が異例の若さで石垣グループを継いだ理由を知らなかったのか…つーか、坂月の奴、お前に何も言わなかったのかよ。」 背景はとうとう、石垣邸の敷地内になり、主人は顔パスなのか、降りることも許可を願うこともなく、自動的に門は開かれる。 「だから、何なのよ。勿体ぶらないでさっさと言いなさいよ。」 腕組みをしながら、沙耶が運転席の石垣を睨みつけると。 「―俺の父親は…事故で頭を打って、今も入院してるんだ。」 「え?」 相変わらず視線の交わらない石垣の口から、衝撃的な事実が落とされ、沙耶は驚きを隠せなかった。 「商業施設の建設現場を視察した際、稼動していなかった筈のクレーンから鉄材が落ちてきて―一命は取り留めたものの、目を覚まさない。」 しかも、そのクレーン車は無人だったのだという。 「警察は事故で片付けているが―俺は意図的なものだと思っている。このまま真実を闇に葬るつもりはない。」 心なしか、石垣の目つきが険しくなった。
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