記憶が引き連れてくる香り

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陽も落ちて、辺りは薄暗くなっている。 その為、マンションから漏れる光がやけにはっきりと見えた。 「俺達の荷物なんかちょーっとしかねぇじゃん?だから引越しなんかあっという間に終わっちゃって。広すぎて居場所もねぇし暇してたらこの人が手土産もって来てくれたんだよ。」 新居が余程気に入ったのだ。 このマンションがどれだけ良いものなのか、駿のはしゃぎっぷりを見れば、一目瞭然だった。 「…ありがとうございます。」 「いえ。ちょうど今帰る所だったんです。」 坂月が薄い笑みを湛え、沙耶に言った。 「じゃーね、坂月さん!姉ちゃん、とにかく中入ってみろよ!」 「ちょっと、駿。じゃーね、じゃないでしょう!」 お調子者の弟を窘めれば、隣で坂月が「構いませんよ」と宥める。 「でも、駿さん。お姉さんに用事があるのですが、少しだけお借りしても?」 「え?」 沙耶が駿の首根っこを掴んだまま、坂月を振り返る。 「どうぞどうぞ!こんな凶暴女で良かったら、少しと言わずいつまでも!」 「っこのっ!」 「ぐぇっ」 沙耶の代わりに快諾した駿の首をさらに絞め上げ。 「じょ、、冗談です、、お姉さま…」 「ったく、調子乗ってんじゃないわよ!」 反省したかのような駿に一喝し、放してやった。 「鬼」 ぼそっと呟かれた負け犬の遠吠えは聞き流してやることにした。
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