記憶が引き連れてくる香り

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「あの社長の数少ないご友人でいらっしゃることからも、お察しできると思いますが?」 「た、確かに…」 言われてみて沙耶は成程、と納得する。 毎日顔を合わせる直属の部下まで信じられない程、疑心暗鬼に陥っている石垣のことだ。 友達付き合い等以ての外だと感じていても、おかしくない。 それなのに、あの嘉納とかいう男と接点が多い。 現に電話の応対も、お互いかなり気を許した間柄なのか、砕けた口調だったことに気づく。 「?でも、それなら却ってメリットなんじゃないですか?超良い所のお坊ちゃんなんでしょう?繋がりはあるに越したことないですよね。どうして叔父さんは、嫌な顔するんでしょう?」 当然ながら感じた疑問を口にした途端、それまで柔らかかった空気が一転し、坂月の表情が険しくなる。 「…それだけが、というよりも、佐伯様は社長の行動全てが気に食わないんだと思いますよ。」 そこまで言うと、坂月はスッと息を吸い、揺らしていた視線を沙耶に向ける。 「そもそも石垣グループのトップに就任するとすら、考えてなかったかもしれません。」 沙耶は虚を突かれたように、目をぱちくりさせた。 「―え?どういうことですか?」 ―石垣が、社長になるという考えすらなかったってこと? いつの時代も、『跡継ぎ』と言えば、大方息子がなるもの、と考えるのではないのだろうか。 「―良いですか、これから言うことは他言無用でお願いします。また、あくまでも仮定の話だと言う事を忘れないでいただきたい。」 坂月の声のトーンがさらに落とされる。 「もしもあの日の事故が単なる事故ではなく、故意に寄るもの、とした場合…狙われていたのは巌(いわお)様―つまり石垣のお父上のことですが―ではなかったのではないかと思われます。本来狙われていたのは―」 沙耶は、無意識に呑んだ空気が、ひやりと背筋を冷やしたような、そんな錯覚に襲われた。 「諒様だったのかもしれません。」
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