茜色の後の雨と、霞む空

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左腕にカップの載った盆を持ち、右手の中指の間接で。 コンコンコン 最初の頃怒られたノックの間隔は一定に。 そうすればとりあえずの返事らしき―うんだか、すんだか、おう、だか、そんな感じの―ものが中から聞こえるようになった。 「失礼します」 扉を開けると、石垣はいつも難しい顔をして、机に向かっている。 積み上げられた書類、中央にPC、脇には万年筆。 トントントンと右手中指で机を叩くのは、どうしようか思案している時の癖らしい。 沙耶はそんな石垣を余所に、デスクの上の空いている定位置に、ソーサーを置き、カップを置く。 「ん」 それを見ることもせずに、石垣は頷くと、手を伸ばしてカップを口に持っていく。 定位置だからできるわけで。 少しズラしておいたら、石垣は空を掴むんだろうな、と沙耶は毎日思いながら、実践できずにいる。 「失礼しました」 空になった盆を片手に、沙耶は一応お辞儀をして部屋を出て行く。 それが終われば、石垣に指示された資料の印刷を、10時から行われる会議に間に合わせなければならない。
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