2917人が本棚に入れています
本棚に追加
「知りもしない人間に、そこまでする程諒は仏じゃない。むしろ逆だ。―君は本当に諒とは初対面なの?」
「ばっ、あんな金持ちの奴と私が接点なんかある訳ないじゃないですか!」
一瞬ばかやろうとここまで出そうになったが、なんとか引っ込めた。
沙耶の脳内には、目つきの悪いミニマム石垣が浮かんでいる。
―あんな胸糞悪い奴に会ってれば、嫌でも記憶に残ってるでしょうよ!
幸い気付かれなかったようで、嘉納は手を組んで、思案顔をしている。
「諒に訊いても教えてくれないだろうな。」
若干面白がっているように聞こえる言い方で、嘉納の視線はさらに天井へと延びていく。
「ま、その答えはお楽しみにとっておくとして。今日は君に忠告しに来たんだ。」
「―忠告?」
世間話の延長のような間延びした空気。
珈琲の香りが暖かい木漏れ日によく似合う。
沙耶は特に構えもせずに、反射的に訊き返していた。
「君のボスは、諒だからね。その他の人間を余り信用しない方がいい。」
「え?」
その場とその声に不釣合いな、穏やかじゃない内容に沙耶は思わず視線を上げた。
「たとえ、どんなに近しい人間でもね。」
気付けば、珈琲から湯気が消えていた。
最初のコメントを投稿しよう!