思い出は思い出のままで

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『さぁ!!!』 確かに、そう呼んだ。 冷徹で、潔癖で、寝起きが悪くて、人に土下座させたり、無理難題押し付けたり、食べ物を蹴飛ばしたり、さっきだって怒っていたあの男が。 苦しそうに顔を歪ませて、沙耶を抱き起こす。 『大丈夫か?!』 似合わない表情だ、と思った。 いつも意地悪く、眼光鋭い石垣も、こんな顔をすると、少し幼く見えるもんだなと考えたら。 『…痛いか…』 その顔が、いつかの誰かとダブって見えた。 『…雨だよ、ばーか。こんなん擦り傷にもならないし。』 強がって見せた沙耶に、石垣は『…元気そうで何よりだ。』と返した。 皮肉な筈なのに、全然何よりと思っていない顔で、見つめるから。 反対にこっちが辛くなって。 ぼやけた視界のまま、目を閉じた。 そしたら、直ぐに暗闇が世界になった。 同時に、痺れるような痛みも、飛んで消えた。 -『さぁちゃん』 果たして気付かれただろうか。 あの時。 沙耶の視界がぼやけたのは。 痛みのせいじゃないってことに。
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