結局今の女房とは恋愛結婚である

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今の女房との出会いは、大阪の手話サークルである。 手話サークルとは、手話教室で手話の基礎を学んだ健聴者と聾者が交流する親睦会である。健聴者にとっては、手話のスキルアップに役立ち、かつ手話のTPOが学べる。聾者は、世間が広くなる。 妻は、全聾で障がい等級は2級である。 恋愛を成就させたいなら、相手の心をつかむ前に、胃袋をつかめという格言は本当である。 私は彼女の人柄に惚れる前に彼女の炊き込み御飯に惚れたのである。 彼女は炊き込み御飯、混ぜ御飯が得意であり、得意な料理はそれしかないのだが、炊き込み御飯の具の研究、出汁の組み合わせの研究は、優れたものがあった。 男の私の目には、殆ど無限のバリエーションに見えた。そして、これほどのバリエーションを編み出せる彼女は、繊細な愛情の持ち主だとの、美しき誤解の上に、この結婚は成就した。 炊き込み御飯の腕が、聾学校の偏向教育の哀しき産物であることを理解するのに、結婚後三月とかからなかった。 彼女の時代の障がい児教育は、障がい者の残存能力を活用して自立を促進するなんて発想はさらさらなく、身辺自立が出来るようになったら、あとは福祉が面倒みてやるから、健常者に迷惑かけるな、が基本だった。 家庭科も、障がい者に包丁握らすな、火を使わすな、危ないという偏見に彩られていた。 炊き込み御飯は、炊飯器ひとつで安全に栄養バランスが取れる。聾学校は、炊き込み御飯、混ぜ御飯を何種類も教えた。炊き込み御飯と糠漬けしか教えられず、煮物焼物揚物は何一つ出来ない。 包丁が使えない。 妻はポテトサラダを作るのに、じゃがいもを皮ごと炊飯器で似て、あとから手で皮を剥いた。 人参大根は、皮ごと食べた。葉野菜をハサミで切った。スライスチーズは手で裂き、オーブントースターでメザシを焼いた。オーブントースターでメザシが焼けるのは、目から鱗の大発見だが、翌日からメザシ風味のトーストを食べることになる。
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