壱滴

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夏虫の音色が涼風の囁きに溶け込む 初秋の蒼天の果てに棚引く白雲は 愁いを湛えた尾をくゆらせ 天を目指してたゆたう 其れはまるで 彼の人の狂おしいまでに白い肉片を想わすように 私の膿んだ心を余計に掻きむしるのだ 初秋とはいえこの時期は未だじくじくと蒸し暑い 畳に転がせたぐい飲みに僅かに残る酒を ざらりと舐め取りながら 緩く湿り気を帯びた床の温もりに指を這わせた 昨夜の秘め事には 情婦にあれこれと面倒な注文をつけ 一層の趣向を凝らしたつもりで居た 然し余韻を楽しめとばかりに 周囲に散らばる棒状の遊具や奇っ怪な形状をした木馬やらが やけに陳腐に目に映る 足りない 何かがぽっかりと口を開けたように 足りないのだ 至高の感覚である筈の行為は どれほどの秘技を以てしても 今や私にとって児戯に等しい遊戯と成り果てていた 全ては 心を委ねる術を覚えずに途絶えた 彼の人との夢惑う 蜜月の日々から―
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