漂礫―ヒョウレキ―

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「アラームが鳴ったって事は何か機器類に不調かな……」  口唇はやたらと滑らかに動く。長い間、自分の肉声を聞いていないからか、他人が喋っているようだ。ともすると五感で受ける総ての情報が他人というマスクを通しているようにも思う。主体性を感じられない。 「安眠装置から出て物理的にメンテナンスをする必要があったらどうしよう」  瞼が開いた。いや、瞼を開けたと言った方が正しいのだろう。私が能動的に行ったのだから、他人行儀の言葉では不相応だ。ニュアンスで大体の事が上手くいく共通思考領域に適応して、私の言語野は退化という名の進化をしたようで、ヒトとして劣化しているのを感じる。  私の網膜に映し出されたのは安眠装置のくすんだキャノピー、そしてその向こうに見えるリノリウムの天井。どうやら現実に於ける私の躯体は昼間にあるらしい。いや、電燈という線も考えると昼間とも断定できないか。  淡黄色に変色したキャノピーの様子から鑑みるに、安眠装置に入ってから想像をしたくない月日が経っていそうである。新品は透明だったのだが変性したのだろうか。どれだけ人類の科学が進展しても万能ではないという事か。
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