弍ノ章

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1860年、万延の世。 今年一番の夏の様な暑さを迎えた京は、気持ちのいい快晴続きであった。 雲一つ無い澄み切った青空。町の輪郭をはっきりと映し出す濃い黒の影。一つ一つに白光を厚ぼったく溜めた木の葉。真上で光り輝く太陽の強烈な陽射しが目に痛い。 そのじりじりと刺す様な陽射しを避ける様、人通りの少ない路地裏を選び、のんびり歩を進める人影が一つ。 羽織に袴と、平凡だがそれなりに整えられた服装。後頭部の低い位置で一つに縛った髪。剣士なのだろうか、腰には二本の刀が差してあった。 身なりから察するに、間違いなく男である。 どうやらその男、えらくご機嫌らしく、口笛の調子に合わせて財布をぽーんと投げては、掌の上でころころと転がしている。 「あ~……随分と溜まったもんだなァ」 今晩は何を食おうか。 料理茶屋で美味い物をたっぷり食すのも良いし、酒でも呷りながら嶋原で女をはべらすのも良い。 男はこみ上げてくる笑みを抑えながらずんと太った財布を懐に仕舞うと、屋根と屋根の隙間から覗く帯状の青空を見上げた。 濃い影に覆われた薄暗い路地裏にも、微弱ながら白い光が降り注いでいる。 暫く空を仰いで更に上機嫌になった男は、更にもう一歩大股で浮ついた足を踏み出そうとした。
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