壱ノ章

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「……飛和(ヒヨリ)、お前その身体で触れると痛いだろ?」 もはや日常的になりつつある妹の頻繁なスキンシップに青年は呆れた口調で言い放つが、ついその小さな背中に片手を回して受け止めてしまうのは、彼女の小動物的な愛らしい仕草の故か。 どうも少女と接する際、いつもより甘くなってしまう彼なのだ。 「全然痛くない、大丈夫」 出来る範囲で痛む箇所に触れぬ様にして抱き締めていた少女が、こどもらしい純粋な笑顔を真っ直ぐに向けた。 平均よりも頭がずっと低い位置にあった為、自然と上目遣いになっている。 「……後で動けなくなっても知らねーぞ。つかそこを退け」 少女からふいっと目を逸らすと、しがみ付かれて身動きが取れない青年はそこそこな重さの革製黒鞄を僅かに上げて見せた。 「あ、ゴメン。重かったよね」 すると少女が申し訳なさそうに頭を下げる。直ぐに兄を解放し、両手で鞄を持ち上げようとした。 「重い……毎日これを片手で持ってんの?」 「当然。お前がひ弱なだけ」 一度鞄を床に落とし息を吐く少女の横を、身が楽になった青年が澄まし顔で足早に通り過ぎていく。 「ま、待って!」 細い腕を震わしながら少女は再度鞄を持ち上げ、よたよたと頼りない足取りで彼の背中を追った。
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