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八木君は部活を引退してからの、夏期講習から入ってきた生徒だ。 ぐんぐんと成績を上げて、目下偏差値72の難関大学を志望している。 こういう子って、いるんだよね。 スポーツをしてたからか、集中力もある。 カラカラのスポンジがどんどん水分を吸収していくように、彼の成績の上がり方は半端ない。 めきめきと頭角を現してきた、この塾、期待の生徒。 素晴らしい、―――。 「ここ、なんだけど」 宮沢賢治『永訣の朝』 指された問題集の横には、その解答と解説がされた冊子が無造作に置いてある。 ふと視線を向けると、片方の口角だけを上げて私を見つめる八木君と視線が絡まった。 あれ…? もしかして、助けてくれたの…? 「不吉、でいいんですよね?」 「えっ、ああ、ここね。 うん、不穏、だと意味が違うでしょ。不穏、の意味は?」 「穏やかじゃないこと」 即答で帰ってくる答えに、確信する。 「じゃあ、不吉、は?」 「よくないことが起こりそうな兆し、そのさま」 「うん、正解」 あ、り、が、と。 小さく口を動かして、八木君に合図を送った。 ふわりと、彼の瞳が弓なりになったのを見て、私も思わず微笑んだ。
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