351人が本棚に入れています
本棚に追加
八木君は部活を引退してからの、夏期講習から入ってきた生徒だ。
ぐんぐんと成績を上げて、目下偏差値72の難関大学を志望している。
こういう子って、いるんだよね。
スポーツをしてたからか、集中力もある。
カラカラのスポンジがどんどん水分を吸収していくように、彼の成績の上がり方は半端ない。
めきめきと頭角を現してきた、この塾、期待の生徒。
素晴らしい、―――。
「ここ、なんだけど」
宮沢賢治『永訣の朝』
指された問題集の横には、その解答と解説がされた冊子が無造作に置いてある。
ふと視線を向けると、片方の口角だけを上げて私を見つめる八木君と視線が絡まった。
あれ…?
もしかして、助けてくれたの…?
「不吉、でいいんですよね?」
「えっ、ああ、ここね。
うん、不穏、だと意味が違うでしょ。不穏、の意味は?」
「穏やかじゃないこと」
即答で帰ってくる答えに、確信する。
「じゃあ、不吉、は?」
「よくないことが起こりそうな兆し、そのさま」
「うん、正解」
あ、り、が、と。
小さく口を動かして、八木君に合図を送った。
ふわりと、彼の瞳が弓なりになったのを見て、私も思わず微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!