第0話「夢」

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 ただ、現段階で彼が見た夢こそが『全ての始まり』といっても過言では無いのだが、その夢を見た少年自身が気づけないのでは、他の誰かがその事実に気付けようはずもない。  少年は何も知らずに、汗を拭うことも忘れてただひたすらにノートに書き写してゆく。  夢に出た一人の男と、全てを奪われた天使の会話を頼りに、拙い文章で、稚拙な表現力を巧みに扱い、第三者からみても「酷い」としか言い様のない文章を構築する。 「……にしても、この書いた小説どーすっかな。今じゃ普通にネットに投稿できる時代だし、してもいいけど……天才である俺のこの文才を理解できるヤツが果たしてこの国にどんだけいるか、だな」  あくまでも自分の書いた小説(とも呼べない酷い文章)は、自分と同じ天才でなければ理解できないと断言してしまう程に自信満々な太陽だったが、何度か読み直していく内に特に面白くもないことに気付く。  それは当然である。もちろん、彼が書いた小説があまりにも酷かった、というのもあるが、これは所謂『始まり』を意味する夢なのだから。  そこから先の話についてはこれからだと言うことに、少年はまだ気付いていない。  だが、気付いていないからこそ、彼はひたすらにペンを走らせることができる。  この世界の始まりーー全てが抹消されてしまった『彼』の物語を書き写す、誰からの記憶からも失われてしまった存在の証明。 「……一応、あとでコピーしておくか。あの女なら読ませた瞬間破り捨ててもおかしくないからな」  一人の少女を思い出しながら、少年はノートに書いた小説をカバンの中にいれる。  もし彼がそのまま書き写したノートを彼女に見せてしまっていたら、もしかしたらこの物語の結末は変わっていたかもしれない。 「ーータイトルか。タイトルは……そうだな……」
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