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「凛子、心眼ぞ。忘れるな。心眼を持って相手を見よ!」
玄斉の鋭い声が道場に響いた。
「心眼?」
晶子は初めて聞く言葉に耳を疑った。だがそのとき、晶子は面金を通して凛子が眼を閉じているのを見た。
(わたしの姿が見えないので、目を閉じたのね。これが破邪の剣なのかしら)
眼を閉じた凛子の構えが変化した。竹刀は下段になり、腰を低くしてまるで、耳を晶子に傾けるような形になった。朋美はその姿を観て(座頭市みたいだ)と思った。だが、晶子は凛子が静かに敵の動きを待ってとぐろを巻く大蛇になったように感じ、(迂闊に踏み込んでいけない)と思った。
ふたりは向かい合ったまま、静寂の中でただ時間だけが過ぎて行った。
「よし、それまで!」
静寂を破ったのは玄斉の号令だった。晶子はその言葉を受けてふわりと再び姿を現した。凛子も眼を開き正眼の構えに戻った。汗まみれの二人は大きく肩で息をしていた。
シャワーで汗を流して再び、道場に私服の晶子と道着の凛子が戻った。朋美も併せた三人は上座の玄斉を前に車座になった。
「ふたりともでかした。いまの勝負は引き分けじゃ」
「お爺さま、引き分けでは、秘剣を破ったことにはなりません」
「凛子、破邪の剣とはそういうものじゃ。あくまでも防御の剣なのだ」
「玄斉さん、わたしには凛子がとぐろを巻く大蛇の姿に見えました」
「うむ、晶子さん、それじゃ。よく見届けましたな。破邪の剣は別名、『臥蛇の剣』ともいう。光明寺家三代目の玄一郎が書き記した古文書によると、それは洞窟に侵入する見えざる敵から卵を守る母大蛇の姿を映したものとある」
「そうだったんですか。でも、破邪の剣は守りの剣とおっしゃいましたね。それでは、生霊族の暗殺集団を壊滅することはできないと思うんですが、いつ頃どうやって、その暗殺集団はいなくなったんでしょか?」
「うむ、良いところに気付かれた。確かに、織田信長や徳川家康といった武将が登場する戦国時代にはすでに生霊族の暗殺集団は脅威ではなくなっていたようだ。これはその後の古文書にわずかに記されてあるのだが、生霊族の暗殺集団を標的とする特殊能力の忍者集団が現れたようだ。その中心にいたのが椿一族とある」
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