遠い夏の日

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秋菜の部屋に二組の布団を敷いた。 豪太が秋菜の実家に泊まるのは本当に久しぶりだった。 「昔から由紀恵さんて、見た目と違って腹座ってるところ、あるんだよなあ。なんかスゲーよ……」 スタンドの灯りだけの部屋で、豪太は布団の上に腹這いになって言う。 「そうかなあ…私は今までママは弱い人だと思ってた。」 仰向けになり、秋菜は呟くように言った。 母子なのに、長い間、思い違いをしていたのかもしれない…と思った。 「なんかさあ、昭和のムード歌謡曲みたいなんだよなあ。 この命、貴方に捧げます、みたいな。」 豪太が突拍子もないことを言い出し、秋菜はぷっと吹き出した。 ーー昭和のムード歌謡曲って… 豪太は、昔から唐突に変なことを言い出すくせがあった。 「なんかさ、俺、急に遠藤ジイ、思い出してさあ。」 遠藤ジイとは、昔、朝日山学園の園長だった人だ。 秋菜が入所する半年ほど前に、30年間勤め上げた朝日山学園を定年退職していたから、秋菜とは面識がなかった。 「ーーーー子って…」 豪太は昔の女性歌手の名前を上げ、秋菜に知ってる?と訊いた。 「え~…知らない。」 秋菜は首を横に振った。 「スゲー歌詞がエッチなの。 『一夜妻でもいいから、このカラダ好きにして』みたいな。 喘ぎ声みたいのも入ってるし。 あのジイさん、カーステでそんな歌ばっか聴いてた。 子供心に俺、これ聴いてもいいのかなあって悩んだよ。」 遠藤元園長は豪太にとって、親同然の存在だった。 3歳の時から朝日山にいる豪太に特に目を掛け、可愛がってくれた。 園の行事がある時は、豪太を名指しして、軽トラックの助手席に乗せ、買い物などの準備を手伝わせた。 「豪太は器用だ」とよく褒めてくれた。
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