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 高校三年、五月。  薫風の頃合い。  日差しも徐々に初夏を告げている。 「――進藤、ちょっと。」  教室を出たところで久保に呼び止められた亜希は、ゆっくりと振り返った。 「亜ー希ーッ! まぁーだぁー?」  廊下からは元気いっぱいな紗智が呼んでいる。  仕方なく亜希は廊下に顔だけ出すと、大きく息を吸い込んだ。 「ちょっと待っててーッ!」  そう叫んでから、久保に向き直る。  亜希には久保に呼び止められる心当たりがあった。 「……急いでるところ、ごめんな。すぐに終わるから。」  そう言うと久保は一枚の紙を手渡してくる。  ――進路調査票。  亜希は「ああ、やっぱり」という表情に変わった。 「探したんだけど、進藤のだけ、どうしても見つからなくて……。」  提出期限は一週間前のゴールデンウィーク明け。  その合間、何も言ってこなかったから、うまく誤魔化せた思っていたが、どうも違うらしい。  亜希はバツが悪くなって、目を逸らした。 「――探したって出て来ないよ。」 「へ……?」 「私、出してないもん。」 「そうなのか……?」 「うん。」  その言葉に久保は重要書類を無くしたのではないと分かってホッとして表情を緩めた。 「良かったぁ。始末書、書かなきゃって、焦ったーッ!」  そう言って喜ぶ久保の様子に、亜希は荷物に手を伸ばす。 「良かったね、久保セン。」 「ああ。……って、『良かったね』じゃないだろ。提出期限、一週間前だぞ。」 「……そうだっけ?」 「とぼけるなよ……。」  がっくしと肩を落とす仕草をする久保の様子に、亜希は怒られていると言うより、コントをしてるみたいに思えて、くすりと笑みを漏らした。 「何、笑ってるんだよ。」 「だって、何か可笑しくって……。」  一度、笑みが零れると止まらなくて、亜希は口元を押さえる。 「――まあ、着任時に俺が『よく悩み、よく迷え』とは言ったんだけどな。」  現実問題、面談スケジュールを立てなくてはならない。 「後ろの方の日付に設定しておくけど、せめて就職か進学か。それだけでも教えてくれないか?」  しかし、その言葉に亜希の表情が曇った。
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