序章

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自分の身体から、暖かいものが砂時計のように抜け落ちていくのが分かる。 視界が滲んだ青灰色に包まれ、輪郭を放棄し始める。 その滲んだキャンパスの中で、誰かが必死に呼びかけているような気がした。 冷たい石畳に付けた頬が、その上を流れる液体を知覚する。冷たいものが指先を吸いつくように濡らしていく。それが逆の頬にも当たって、ようやく雨が降っていることに気づく。 そしてもう一つ、赤く生ぬるいものが石畳の上をつたって広がる。自分の胸から流れ出すその流体を見て、それが自分の血液だと分かっていても、赤黒いそれに見とれてしまう。 流木のように力無い腕は固い石畳と肉体に挟まれ、肩の関節が圧迫されていることをしきりに脳に訴えている。 やがて血の通ったベージュの肌色は失われ、黒い毛にとって代わられた。身体が萎んでいき、体重は蒸発するように軽くなっていく。 変身が解け始めている。 より正確には、自らの魔力を基にした人化の魔術が効果を失いつつある。 原因もまた明確。肺と食道と横隔膜をまるごとゴチャ混ぜにしたような、生々しい痛み。 だんだんと自分の置かれた状況を再認識し始めていると、またどこかで名を呼ぶ声がした。なぜそれが自分の名だと分かったのかは、よく分からない。
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