私を墓まで連れてって

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クロノス・フィフテリアはふと、結婚式を挙げた日のことを思い出していた。 隣には、純白のウエディングドレスに身を包んだ無垢な花嫁。 クロノスは彼女の事を心の底から愛していた。 仕事一辺倒だったクロノスに、彼女は何の文句も不満も表さなかった。 ただ側にいて支えてくれた。 職人気質で不器用だったクロノスに、確かな愛を教えてくれた。 自分には不釣り合いなほど、良くできた女性だった。 「良いときも悪いときも、富める時も貧しきときも、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつ時まで、愛し慈しみ貞操を守ることをここに誓います」 誓いの言葉に、神父はそんなありきたりなフレーズを使っていた。 その言葉通り、クロノスは死が二人を分かつ時まで愛し慈しみ貞操を守った。 そしてその誓いを果す必要は、もう無くなったのだった。 * クロノスは一人、酒に酔っていた。 ここはクロノスが経営している、小さな料理屋。 だが客の姿はない。 それは時間帯が深夜だということもあったが、もとよりこの店は長い間、やっていなかった。 料理屋なのにも関わらずテーブルやイスには埃が被り、いかにも終わりを迎えたように見える。 その埃が被った一席に構わず座るクロノスは、やはりまた酒に手を伸ばすのだった。 まるで何かを忘れたがっているかのように。 無理もない。 クロノスは最愛の妻を病気で亡くしたばかりだった。 「・・・・・・店をたたむか」 小さな料理屋だったが、二人で必死に切り盛りしてきた店だ。 妻との思い出が詰まり過ぎていた。 この場所にいるだけで、言い様のない悲しみに浸ることになる。 ここにいたはずの妻の影は、もう微塵もないのだから。 クロノスにとって唯一の救いは、妻が死ぬときに「幸せな人生だった」と言い残してくれたことだろう。 仕事ばかりでろくに遊ぶこともお洒落をさせてあげることも出来なかったのに、そう笑顔で言ってくれたことに、一体どれだけ救われたことか。 せめてあの世ではおめかしをしてもらおうと、妻が気に入っていたウエディングドレスを旅立ちの衣装にした。 僅か2年足らずの結婚生活だった。 妻が死んでも、生活は続けなくてはならない。 だが一人でこの店を続ける気力は残っていなかった。 かつて共に料理の修行をした友から、「うちの店で働かないか」という申し出があった。 新しい新天地で気分を一心し、腕を振るうのもいいかもしれない。
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