24人が本棚に入れています
本棚に追加
クロノスはその申し出を明日にでも受けようと思っていた。
今日は最後の晩餐なのだ。
最愛の妻と過ごした、この小さな、だが二人にとっての全てだったこの店での。
「・・・・・・あの世でも幸せにな」
クロノスがまた酒に手を伸ばそうとした時だった。
店の扉にノックの音が響いた。
「誰だ、こんな時間に?」
ノックはドンドンと鳴り響いている。
店に灯りがついているのを見て、まだ営業していると勘違いしているのだろうか。
「悪いが今は営業時間外だ。もとより空いていないがな」
そう声をかけたにも関わらず、ノックはさらに大きくなるばかり。
そのうち諦めるだろうと思っていたが、いつになっても止む気配はなかった。
折角の最後の晩餐を、こんな形で邪魔されようとは。
酔っていた勢いもあり、クロノスはノックされている扉をおもいっきり蹴っ飛ばすと、
「時間ってやつを考えろ!!」
と怒鳴り散らした。
だがその次の瞬間には、酔いが覚めるほどの衝撃を受けていた。
何故ならその視線の先。
扉の前に倒れていたのは、ズタボロになった花嫁衣装を着た女性。
クロノスの妻、カイア・フィフテリアだったからだ。
「・・・・・・!?」
何故、ここに妻の遺体があるのか。
誰かが悪戯でもしたのだろうか。
悪戯にしては随分と質が悪いが。
急いで周囲を見渡すが、人の影はなかった。
蹴飛ばす寸前まで扉を叩いていたくせに、大した逃げ足の早さである。
こんな現代にもいるとは思えないが、墓荒しの仕業だろうか。
死者への冒涜である墓荒しは立派な犯罪だ。
「カイア・・・・・・」
クロノスはもう動くことのない、自分の妻を見つめた。
「可哀想に。お気に入りだったドレスがこんなにもボロボロに・・・・・・」
クロノスの胸の中には、妻の大切なドレスをボロボロにした輩に対する怒りで一杯だった。
だがその怒りも、冷たい地面に横たわる妻を見ていたら次第に冷めていった。
まずは妻を安静な場所に移動させてあげなくては。
明日は返事を返す前に、妻を墓へ戻してあげよう。
そう思い、カイアに近づこうとした。
その時だった。
信じられないことが起こった。
「う、うーん」
死体であるはずのカイアが、なんと自分の腕で地面に手をつき、上半身を起こしたのだ。
そしてクロノスと眼があう。
一瞬の沈黙。
やがてカイアは実に気まずそうに眼をキョロキョロと動かしたのち、
「えーっと、その、あのね。私、どうやら死んでも動けるみたい」
最初のコメントを投稿しよう!