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この甲冑の主を無傷で守るため、どれだけの名も無き兵が犠牲となったのだろう。
眺めているだけで、その怨嗟の声が足元から這いのぼってくるような寒慄(かんりつ)を覚える。
(この家は、人の苦しみを糧とする化け物の巣窟だ。
そして俺は、その血を受けた末裔なのだ。)
誰か、後ろをついてくる足音が聞こえる。
「ルシエル様、少しお話が。」
エレノアの猫なで声が首筋にからむ。
「なんでしょうか?」
「庭にある古い馬屋を、取り壊そうと思うのですが。」
「は?」
ふいをつかれ、ルシエルは動揺を隠しきれない声を上げた。
「ルシエル様、最近あそこへ行かれましたね。
庭師が見ておりましたの。」
「み、見間違いでしょう。
そんなはずはありません。」
エレノアは余裕たっぷりに笑う。
細めた黒瞳は、鼠をいたぶろうとする猫の目だ。
「いいえ、かまいませんのよ。
ルシエル様がどこへ行かれようと。
あなたの自宅なのですから。
ですが、あれはもう老朽化して、あぶのうございますね。
ですから、いっそのこと取り壊してしまおうと。」
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