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「ずいぶん昔の話をされますのね。」
エレノアは後ろを向いたまま言った。
「年をとったので辞めたのでしょう。
余生を過ごすのに、地方の親族のところへ身を寄せたと聞いていますよ。」
「おかしいですね。
あのお爺さんは、子供も無く天涯孤独だと言っていたのに。
‥‥僕はあのとき検問所へ聞きに行ったんですよ。
運河へも行った。
お爺さんが通らなかったかって、きいて歩いたんです。
でも、通ってなかった。
消えてしまったんです、この街で。」
幼いルシエルは必死で後を追ったのだ。
あのお爺さんだけが、ルシエルに「泣いてもいい」と言ってくれた。
彼の弱さを受け止めてくれた。
エレノアが振り返った。
冷笑をうかべて。
「やめましょう。
仕方ないじゃありませんか。
秘密を守れない者は存在できないんですもの。
それがこの街の掟ですよ。
旦那様がお守りになっているこの街の秩序ですよ。」
「‥‥あなたが、密告したのですか?」
ルシエルの声は怒りで震えている。
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