第3章 シャルマン領区の守護天使

8/17
前へ
/335ページ
次へ
ずるずると這って移動し、水溜まりに近づくと袋の破れ目から、やっと顔を出す。 髪がばさばさに伸びていて、ルシエルからは顔がよく見えない。 腹這いのまま、水溜りに直接口をつけて飲もうとする。 不衛生な行動に思わずルシエルは眉をひそめる。 その時、がたがたと車輪の軋む音がした。 馬車が近づいている。 「どけっ。轢かれるぞ。」 思わず叫んでいた。 袋の中身はびくっと頭を上げ、道の端へ転がりこんだ。 間一髪、馬車が走り抜ける。 小さな水溜りの上を車輪が駆け抜け、あたりに飛沫が飛ぶ。 「どこかの貸し馬車だ。 客に急がされているのだろう。無茶をする。」 ルシエルがつぶやいて、先ほどの袋を見ると、わずかな泥水しか残らない轍(わだち)をうつむいてみつめている。 「お前、逃げてきたんだろう?」 近づいて声をかけるが、袋の中身は身を硬くしたまま答えない。 「どこかの奉公人か? いじめられたか?」 優しげな声音にも、答えようとしない。 「今なら一緒に行って、元通り働けるように口をきいてやるぞ。 俺は、こう見えてもこの街では一目置かれてるんだから。」 快活に言ってみても、袋の中身はうつむいているだけ。
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加