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ずるずると這って移動し、水溜まりに近づくと袋の破れ目から、やっと顔を出す。
髪がばさばさに伸びていて、ルシエルからは顔がよく見えない。
腹這いのまま、水溜りに直接口をつけて飲もうとする。
不衛生な行動に思わずルシエルは眉をひそめる。
その時、がたがたと車輪の軋む音がした。
馬車が近づいている。
「どけっ。轢かれるぞ。」
思わず叫んでいた。
袋の中身はびくっと頭を上げ、道の端へ転がりこんだ。
間一髪、馬車が走り抜ける。
小さな水溜りの上を車輪が駆け抜け、あたりに飛沫が飛ぶ。
「どこかの貸し馬車だ。
客に急がされているのだろう。無茶をする。」
ルシエルがつぶやいて、先ほどの袋を見ると、わずかな泥水しか残らない轍(わだち)をうつむいてみつめている。
「お前、逃げてきたんだろう?」
近づいて声をかけるが、袋の中身は身を硬くしたまま答えない。
「どこかの奉公人か? いじめられたか?」
優しげな声音にも、答えようとしない。
「今なら一緒に行って、元通り働けるように口をきいてやるぞ。
俺は、こう見えてもこの街では一目置かれてるんだから。」
快活に言ってみても、袋の中身はうつむいているだけ。
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