第3章 シャルマン領区の守護天使

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「身元を言えないなら、保安部隊の詰め所に連れて行くけど、それでいいのか?」 「それだけは‥‥。」 か細い声をしぼり出すように言うと、ルシエルの足にすがりつく。 そのままずるずると地面に倒れこんでいく。 痩せた片手をつかんで引き起こし、頭の麻袋を少しずらすと、ルシエルはまじまじと生気の無い顔を眺めた。 「脱水と栄養失調か。ご苦労様だな。」 細い路地のつきあたりにあるその井戸は、古びて人気も無かった。 外見上、周囲の白木の柵だけはこぎれいにできているが、その内側はすっかり寂れていた。 ルシエルは、生い茂る雑草を踏みわけて井戸に近づき、釣瓶の縄をつかんで何度か引っ張った。 釣瓶竿が腐っていないことを確かめると、桶を落とす。 確かな水音がした。 「ここは共同井戸。 昔は使われていたみたいだけど、ここの住人はみんな裕福で自宅の敷地内に井戸持っているから、今はこんなの使う人はほとんどいない。 忘れ去られた井戸。誰も寄りつかない。 だから安心してそれ取ってみろよ。」
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