15人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
私の名前は猫廼隣(ねこの りん)。近くの精神病院で事務員と患者を両立しながら生計を建てる独り身だ。今日は久しぶりに母校、昇川高校の校門を潜った。
今日は母校の文化祭なのだ。古めかしい校舎は色紙と段ボールでコミカルに装飾され、生徒たちはみな道化師でも気取るようにケタケタと甲高い声をあげて歩く。
不思議な気分だった。校舎はあの時と何も変わらないのに、私の居場所だけが綺麗に消え去っている。まるで私が存在しない平衡世界にでも迷い混んだような浮遊感が、じんわりと心の水面を波打たせて行く。
ところで、今日の私には連れが居る。もう何年も興味の無かったこの文化祭に足を踏み入れたのも、この連れが行きたいと言って聞かなかったから。
「わああぁ……!! 見て見てリン姉ぇ、変なミッキーがおる!!」
見れば段ボールで作られたカクカクの、不格好なミッキーマウスの被り物が歩いている。確かちょっと前に版権が切れたとかで安売りされるようになった、世界一有名な下等哺乳動物。その首から下は、学ランだった。長い間一世を風靡し、子供たちの純心を金に変え私服を肥やしてきた夢の売人。その末路はあまりに哀れで、見る者の同情を誘わずにはおかない。
「ちょっと握手して来てええかな?」
純真無垢、天真爛漫、天使でさえ到底及ばないほどの可愛らしい笑顔に胸が締め付けられる。私の手を引くこの娘の名前は、すぅ子、十一歳。私の恋人だ。
妹じゃない。私の恋人だ。
「なぁ、リン姉ぇ?」
「は……」
くいくいと袖を引っ張られて我に返る。いけない、見とれている場合ではない。
「やめておきましょう、すぅ子」
「ええー、どうして?」
「汚いですから、存在が」
「あははは、リン姉ぇ毒舌っ!!」
けらけらと笑ったすぅ子が、ぱっと私の手を放し、くるりくるりと爪先で回転する。普段の明るさ二割増しといった所だ。
仔猫のようにさらさらの髪が靡いて、私の腕を無邪気に撫でる。背筋にぶるりと震えが走る。今すぐ抱き締めてそのふわふわに顔を埋めたい。
あんな薄汚いネズミと握手なんて冗談じゃない。こんなに可愛い私のすぅ子を、遍く脳内肉欲まみれの男子高校生などにおいそれと触らせてなるものか。
最初のコメントを投稿しよう!