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楓太郎は逃げた。逃げて逃げて逃げまくって、駆け足で楓山をくだっていった。ときに転びながら。
どこをどう走ったかなど覚えていない。ただ、逃げた。
いつしか楓山を下り、集落の中に入っていた。
「た、助けてくれ!」
人を見かけ、思わずそう叫んでしまった。それに帰ってきたこたえといえば。
「あ、赤葉楓太郎じゃ!」
集落の村人は、
「楓太郎じゃ、楓太郎じゃ! 皆の衆、奴をやっつけろ!」
と、叫べば。他の村人たちも集まってくきて、楓太郎を見て。
「あ、こやつは!」
と、鬼のような形相で鍬(すき)や鍬(くわ)などを掲げて、楓太郎に襲い掛かった。
「あ、なにをする」
「ほざけ、悪党が!」
楓太郎は村人の鬼気迫るのを見て、ひるんで逃げ出す。
楓太郎は山賊として楓山にこもり、年貢米を強奪したり、集落を襲い、殺しもして、村人を苦しめてきたのである。
村人が楓太郎を見て、
「ぶち殺せ!」
と叫んで追い掛け回すのも当然の復讐心であった。
「ひいいい」
楓太郎は覇偉栖の鬼に襲われたときと同様に、村人から逃げた。逃げて逃げて逃げまくった。
(そうだ、俺はいままで散々悪さをしてきた)
この時になって、ようやく楓太郎は気付いた。それまでは罪悪感などなかった。ただ本能のままに振る舞ってきて、人々の怨み憎しみを買ってきたのだ。
ともあれ、だからといって、村人たちの復讐心を受け入れて殺されるような殊勝なものなど持ち合わせてもいないので、ただひたすら逃げるしかなかった。
惨めであった。
ただただ、惨めであった。
村人の、「殺せ」という叫びを背に受けながら、楓太郎は必死になって逃げていた。
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