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人間必死になれば通常の倍の力が出るものか。
韋駄天にでもなったかのように速く駆けて、村人の追撃を振り切った。
足を止めることはなかった。
(殺される)
という恐怖心が楓太郎を突き動かして、駆けさせていた。
どこをどう走ったかなど覚えているはずもなかった。
そのまま陽は暮れて夜の帳が落ちても、楓太郎は駆けた。駆けねば命はない、と。
しかし人間である以上は限界はあって、足も力が尽きて、ついにはばたりと倒れてしまった。
同時にひどい疲労が全身を襲い、さきほどまでの活力はどこへやら。生存本能もどこかへ行ってしまったのか。
「もう、どうでもえいわ……」
と、疲労感が言わせたのかどうか、そのまま瞳を閉じて眠りこけてしまった。
眠ってどのくらい経ったのか。目覚めればまだ夜で、どうにか起き上がって走ろうとしたとき。
目の前に、あの鬼があらわれたではないか。
「う、うわああ」
喉から炸裂するような悲鳴をあげて逃げ出そうとするが、途端に肩をつかまれてしまい。そのまま持ち上げられてしまった。
「助けてくれ! 助けてくれ!」
泣きじゃくりながら懇願するも、鬼は「ふふふ」と笑い、大きな牙が見えるほどに大口を開けて楓太郎を食らおうとする。
「いやだ、死にたくない!」
頬に激しい痛みが走った。鬼にびんたされた、と思った瞬間に、
「う、うわああああああ!」
と叫んでぱっと目が開き。上半身を起こした。
「きゃっ」
という黄色い声がした。
「え、あれ」
楓太郎はきょとんとして周りを見回した。自分はどこかの川の川原にいて、そこで倒れてしまったようだ。
「三途の川?」
自分は鬼に殺されて三途の川にやってきたのであろうか? と思ったとき。
「ちょっと」
という声がして、その方へ振り向けば。そこには、若い娘がいた。
「……?」
「なんだ、生きてるじゃない」
娘はふうっとため息をついて、きょとんとする楓太郎を見やった。
「あ、ああ」
思わず、楓太郎は腰を引き摺るように後ずさった。この娘は鬼女ではないか、と。
「大丈夫よ、とって食いやしないよ」
「お、鬼……」
「鬼? どこに鬼がいるのよ」
「う、うう」
楓太郎は娘を指差した。
「あたしが鬼ですって! 馬鹿言わないでよ!」
娘はかんかんに怒った。
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