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「鬼じゃない?」
「当たり前でしょう!」
娘は頭を指差し、
「ここに角がある? ないでしょう。あんた悪い夢にうなされてたのよ」
「夢?」
「そうよ。鬼、鬼ってうなってたわよ」
「……」
楓太郎は黙りこくった。楓山で見た鬼は夢だったのだろうか。ふと、脳裏にあの悲惨な光景が蘇る。
(いや、あれは夢じゃない!)
子分たちが無惨に殺され肉塊にされてゆく。この目で確かに見て、自分は臆病になって逃げ出したのだ。
それから村人たちに追われて。
そこまでは思い出し、
「いや、夢じゃない。鬼に殺されそうになったんだ」
と言った。
「はぁ?」
娘は呆れたように、楓太郎をまじまじと見やった。
「鬼に襲われたの?」
「そうだ。俺は鬼に襲われたんだ」
それを聞いて、娘は少し、ぶるっと震えた。少し、楓太郎の話を信じたようだ。
鬼にまつわる言い伝えはいたるところにあり、それはたいていが、人を襲い食い殺すなどの、悲惨なものである。
「大変じゃない。あたしらの村にも来るかしら……」
そう言うと娘は楓太郎のそばまで来て、腕を掴む。
「立てる?」
「あ、ああ、どうにか」
「じゃ立って。あたしらの村に来て。鬼が来るかもしれないことを皆に教えなきゃ」
「……」
楓太郎は娘に支えられて、どうにか立ち上がった。そのとき、
「あたしはお品」
と名乗った。しかし楓太郎は名乗らない。少しずつ冷静さを取り戻しつつあった楓太郎は、名乗ってよいものかどうか悩んだ。
己の悪名、悪行はどこまで届いているのであろう。もし名乗って、
「あの赤葉楓太郎!」
と驚かれて役人に突き出され、あるいは村人にこっぴどく痛めつけられて殺されるかもしれない。
「あんた、名前は?」
案の定お品は名を聞いてくるが、楓太郎は黙ったまま。というときである。
「お品ではないか」
という声がした。その方を振り向けば、ひとりの僧侶がいた。
「あ、妙蓮坊(みょうれんぼう)さま」
「どうしたのじゃ。その男は?」
妙蓮坊と呼ばれた僧侶はしずかに歩み寄り、楓太郎を見つめた。
「妙蓮坊さま、大変です。鬼が出たそうです。この人、鬼に襲われたって」
「鬼じゃと」
「はい、いそいで皆の衆に教えないと」
「ふむ。それは一大事じゃな。まずは寺に来なさい」
「はい」
僧侶はお品の反対側で楓太郎を支えると、寺へと向かって三人歩き出した。
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