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「おぬし、なんにせよわしのために働きたいというのなら……」
「はい」
「魔術のことを、もっと詳しく見せよ」
その言葉を聞いて、覇偉栖は面はかしこまりながら、内心は会心の笑みを浮かべていた。
「詳しくですか」
「左様。おぬしのような山師に、あの赤葉楓太郎を任せるのは、こころもとない」
「なるほど、ごもっとも」
うやうやしく頭を下げて、覇偉栖は面を上げて。重時を愛嬌のある眼差しで見つめた。
見つめられる重時は、妖しげな気を感じて心地よくなく、思わず目をそらしてしまった。
「それがしも、もったいぶっておりましたな。それでは、いっそ皆様に我が魔術を、お見せしましょう」
むむ、と一同うなった。
先ほど掌の上に炎の竜と鳳凰を浮かべたのを見せられたのだ。今度はどのようなものを見せるのか、皆興味津々であった。
覇偉栖は瞳を閉じて。胸の前で人差し指を立てながら手を組み合わせて、なにやら呪文めいたものをつぶやきはじめた。
皆の視線は覇偉栖に集中し、重時もまじまじと見据えている。
するとどうであろう、覇偉栖の整いながらも妖しい雰囲気を醸し出す顔の、鼻のあたりから顔中に黒いものが広がってゆくではないか。
(なにが起こるのだ)
ごくりと唾を飲み込み、成り行きを見守っていれば。覇偉栖の顔を漆黒の闇の影が覆う。まるで漆黒の闇に顔が飲み込まれたようである。
その闇から、何かが出てくる。重時をはじめ、皆身を乗り出し、目を見開いてそれを見据えていれば。
闇から出てきたものは、腕だった。それもただの腕ではない。その腕は筋骨隆々、女の腰ほどの太さはあるであろうか。しかも肌の色も黒い。
指先の爪はとがって、人の腕のようで、それは人の腕のようではなさそうであった。
「こ、これは……」
重時は呆気にとられて、にわかに怖気も感じて、
「も、もうよい。もうよいぞ」
と慌てて言った。
すると、黒く太い腕はするすると覇偉栖の顔の中へと引っ込んでゆく。それから、顔を覆う漆黒の闇の影も霧が晴れるように霧消してゆき。もとの、整いつつも妖しげな眼差しの覇偉栖の顔にもどった。
「いかがでございましたか」
「う、うむ。信じる。おぬしを信じるゆえ、赤葉楓太郎を討ち取ってまいれ」
震える声で、そう言うのがやっとだった。家来たちは、あんぐりと口を開けたまま金縛りにあったように身動きできないでいた。
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