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「はー、食べた食べた」
最後の料理を平らげて、女性はリラックスするように椅子の背もたれに寄りかかった。
テーブルの上には、如何にもフードファイターが食べ尽くしたような皿の山が積み重ねられていた。
「いやーありがとねー。あんた達が通りすがってなかったら間違いなく死んでたわ」
「あの森の中で彷徨うお前もどうかと思うけどな。あそこは『霊海』で有名な迷いの森だぞ」
呆れるようにゆきみは言った。
あの森は『霊海』の南東部に存在する森で、方位磁石を狂わせ、人間の方向感覚を惑わせる場所だ。
目印もつけずにあの森に入るのは、ほぼ自殺行為と言っても過言ではない。
「お腹減ってたから、考える余裕が無かったわ」
「森に入る前から飢えていたのか……」
それも自殺行為だ。
「でも、見ず知らずのあたしに、食べ物をくれてありがとう。あたしの名前は『ゆな』、よろしく」
礼を言いつつ、自己紹介をする鎧剣士、ゆな。
この流れは、確実に自己紹介だと確信した二人は、それに倣って、
「俺は桜樹ゆん汰」
「ゆきみだよ」
と、名乗った。
「ゆん汰にゆきみね。覚えたわ」
「ところで」
ここでゆん汰が、ゆなに対し質問をした。
「お前は先ほど、二・三日何も食べてないと言ったが、どこから来たんだ?」
「石川の和倉という所よ」
「和倉?ということは、あそこから歩いてきたのかよ」
石川の和倉。あそこは昔から点在する温泉郷であり、同時に鉄器の生産地である。
『世界破滅事件』にて、温泉郷としての生活機能は著しく低下していたものの、土壌干ばつなどで住めなくなったわけではなく、数少ない安全地帯として残っていた。
「和倉の周りはほとんど荒れてるぜ。凶暴な猛獣もいるし、ましてや加賀と『霊海』の間は獣の住処みたいなもの、よく来れたよな」
加賀と『霊海』を結ぶ峠は、凶暴化した野犬が住みつき、人間を襲っている(何故か動物には襲わない)。
あそこを通るには、精々鉄メッキで固めた馬車で通るか、『能力者(スキルホルダー)』を同行させるしかない。
「そうね。あたしが普通だったら、あんなところを通ったりしないわよ。『能力者(スキルホルダー)』なら別ね」
「ほぅ、『能力者(スキルホルダー)』」
それに興味を示したのは、ゆん汰だ。
一度拘束しただけあって、彼女の身体に秘める何かを感じたようである。
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