いやになるほど青い空

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別に今の生活に不満があるわけではない。 清々しいほどに晴れ渡った空を見上げながら、そう胸の内でつぶやいた。 足元にはついさっき放り投げた学生鞄が雑に転がっている。カバンの中には本日帰ってきた期末テストの答案用紙。不満はない。点数は学年順位でも上から数えたほうが早いくらいだ。この間の模試の結果もそう。志望校の合格圏内。 太い針金が組み合わさった柵に手をかける。流石に頑丈だ。高校生男子が一人力を込めたところでどうにかできるものではないそれを掴む。目的は別にフェンスを壊すことじゃない。 真っ新な空の下、有名進学校の屋上を一陣の風が吹き抜ける。気持ち良い。 なんとなく愉快な気持ちになりながら、手を動かす。足をフェンスにかけ、よじ登る。一歩、二歩。 別に今の生活に不満があるわけじゃない。 成績は良い。友人もいる。学校生活はきっと楽しいと言っても嘘じゃない。 だけれど、そのままフェンスをよじ登り続け、跨ぎ、そしてフェンスの向こう側へと降り立つ。 一歩足を踏み出せば、ニュートンの見つけ出した法則に従って、己の体は大地に引っ張られるだろう。 屋上は高く、ここから地面に叩きつけられればひとたまりもないような場所だった。 ちゃりんちゃりんといくつかの鍵が連なったキーホルダを人差し指で回転させる。家の鍵、自転車の鍵、ロッカーの鍵、そしてここの屋上の鍵。 普通の学生は屋上なんかに登れない。けれど先生の信用厚い優等生なら話は別だ。 ちゃちんちゃりん。楽器みたいな音がする。 ちゃりん。 別に今の生活に不満があるわけじゃ、ないんだよ。 友人もいる、家族は優しく、成績は良好、人望もある。 不満があるんじゃ、ないんだ。 ただ自分はどうしても、自分の中にある真っ黒な血が、許せないんだよ。 ちゃりん。鍵が鳴る。 鍵が、鳴った。 鳴って。 彼は、屋上の一歩を踏み出した。 いやになるほど青い空の下のことだった。
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