「いただきます」「ごちそうさま」

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炊いたばかりの米はあきたこまち、つやつやと光っている。ご飯のお供はのりの佃煮と烏賊の塩辛。 味噌汁の具はシンプルに葱と豆腐。ほこほこと湯気をたてるそれは、いかにも暖かそうだ。 旬の焼き魚には大根おろしを添える。きっと僅かな苦味がご飯に合うだろう。 副菜には香の物を。漬けたばかりの大根の浅漬けは、単純で素朴で優しい味がするはずだ。 赤茶色の急須にお湯を注ぐ。蓋を閉じて静かに回す。待つ事数分、茶葉を揺らして、青磁色の湯呑に透き通った緑茶を注いだ。 暖かな食卓が、昔ながらのちゃぶ台の上に揃っている。出してきた箸は二膳、青が自分の物、緑が彼の物。 紅葉の形をした箸置きは対になっていて、一つは手元に、もう一つを箸と共に向かい側の席に。 少しばかり離れた位置にあるテレビをリモコンでつけると、随分な長寿番組である時代劇が映った。 ちょんまげの人たちが大量に出てきて、華麗に殺陣を決めている。そう言えば彼もこの作品が好きだったな、とぼんやりと考えた。 時代劇をBGMに「頂きます」と手を合わせた。ご飯、美味しい。味噌汁、美味しい。焼き魚、美味しい。漬物、美味しい。一番いい茶葉で入れたお茶は、一等に美味しかった。 「おいしい」 呟くと同時に、ほろりとひとしずく涙が溢れた。ぽろぽろと泣きながら、それでも彼女は箸を止めない。 食べることは生きることだと、彼は言っていた。その時、彼女もそうだねと頷いた。 その彼はもう居らず、彼の定位置だった席に彼が座ることはもうない。 食べることは生きることだと、彼は言った。彼女もそうだね、と頷いた。その事は、今でも彼女の胸の中にある。 涙が溢れる。声を立てずに泣きながら、彼女は彼の愛した食事を食べ続ける。 ごちそうさまと言うのは、やがてやってくるだろう。
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