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「…………」
「…………」
六畳の部屋で、エネと橙空はお互い正座して、お互いを見ていた。
勿論まだ何もしていない。かれこれ五分は経った。
「(……なんでこの人は、何もしないのかな)」
むしろ何かしてくれないと、エネとしては困ることがある。
相手は自分を指名してくれた客だ。自分の身体に惚れ込んだ客である。
何とか満足して帰ってもらわないと、娼年として申し訳が立たない。
エネは自分の身体に気を引かせるようと、着物を着崩す。そうすれば、間違いなくこの人もしてくれると思った。
しかしそうする前に、
「わたしがここに来たのはね」
沈黙していた橙空の口が、急に開いた。
エネは着崩そうとした手を思わず止める。
『それはしなくていい』と、そう聞こえたのだ。
「エネという人間を、よく知るためだよ。確かにそうのって、わたしも興味はあるんだけどね。でも素直に君を手込めにしたって、何も得ることが出来ない。
欲望だけに身を任せても、その人間を知ることにはならないよ」
長々と、橙空は言ってのけた。
それはつまり、娼年との情事を行うことの『拒否』だ。
これは娼年として務めていたエネにとって、初めてのことだった。
「……それじゃあ、僕を指名した意味が無いじゃないか」
静かに、エネは言葉を漏らす。
本来エネは、敬語で接待しなければいけなかったが、思わず敬語を解いた喋り方をしてしまった。
しかし橙空は全く気にも留めていない。それを意味するかのように、口を開いた。
「意味はあるよ。こうやって君をまじまじと見れるじゃないか。これだけでも眼福だよ。おかずにしてご飯食べれるよ」
言い回しによれば、何やらいやらしく聞こえるが、橙空はそんなつもりで言ったわけではなく、本当に満足そうだ。
「(……馬鹿げてる。そんなのただの偽善者じゃないか)」
しかしエネにとっては、ただ単に神経を逆撫でするような行動だった。
これは、長い間希望を捨てて無心に虐げられた経験上での感情だ。
最早優しくされるのは、大体自分のためで、エネのためではないという諦観の印象が強くなっていた。
「よく言うよ。それで平然としていられるのも今のうちさ」
先ほどは発言によって止められたが、今度こそエネは、着物を着崩した。
はだけた着物から覗くは、少女のような脆弱で魅力的な体。
おおよそ子供が持たないはずの、大人の色気を醸していた。
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