2 愚か者の対話

2/7
前へ
/39ページ
次へ
「…………」 「…………」 六畳の部屋で、エネと橙空はお互い正座して、お互いを見ていた。 勿論まだ何もしていない。かれこれ五分は経った。 「(……なんでこの人は、何もしないのかな)」 むしろ何かしてくれないと、エネとしては困ることがある。 相手は自分を指名してくれた客だ。自分の身体に惚れ込んだ客である。 何とか満足して帰ってもらわないと、娼年として申し訳が立たない。 エネは自分の身体に気を引かせるようと、着物を着崩す。そうすれば、間違いなくこの人もしてくれると思った。 しかしそうする前に、 「わたしがここに来たのはね」 沈黙していた橙空の口が、急に開いた。 エネは着崩そうとした手を思わず止める。 『それはしなくていい』と、そう聞こえたのだ。 「エネという人間を、よく知るためだよ。確かにそうのって、わたしも興味はあるんだけどね。でも素直に君を手込めにしたって、何も得ることが出来ない。 欲望だけに身を任せても、その人間を知ることにはならないよ」 長々と、橙空は言ってのけた。 それはつまり、娼年との情事を行うことの『拒否』だ。 これは娼年として務めていたエネにとって、初めてのことだった。 「……それじゃあ、僕を指名した意味が無いじゃないか」 静かに、エネは言葉を漏らす。 本来エネは、敬語で接待しなければいけなかったが、思わず敬語を解いた喋り方をしてしまった。 しかし橙空は全く気にも留めていない。それを意味するかのように、口を開いた。 「意味はあるよ。こうやって君をまじまじと見れるじゃないか。これだけでも眼福だよ。おかずにしてご飯食べれるよ」 言い回しによれば、何やらいやらしく聞こえるが、橙空はそんなつもりで言ったわけではなく、本当に満足そうだ。 「(……馬鹿げてる。そんなのただの偽善者じゃないか)」 しかしエネにとっては、ただ単に神経を逆撫でするような行動だった。 これは、長い間希望を捨てて無心に虐げられた経験上での感情だ。 最早優しくされるのは、大体自分のためで、エネのためではないという諦観の印象が強くなっていた。 「よく言うよ。それで平然としていられるのも今のうちさ」 先ほどは発言によって止められたが、今度こそエネは、着物を着崩した。 はだけた着物から覗くは、少女のような脆弱で魅力的な体。 おおよそ子供が持たないはずの、大人の色気を醸していた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加