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「っ!?」
虚を衝かれたような感覚。
大胆とも取れる行動だった。まさか上半身の肌に、突然抱きつかれるなんて。
しかも相手は中年の男ではなく、女性だ。
経験したことのないことだった。
「……っ」
急に、胸がドキドキする。
女性だからなのか。されたことが無かったからなのか。
それはわからないが、エネは心中ドキドキしていた。
その鼓動を、当然抱きしめていた橙空には見抜かれていた。
「んー?君もしかして、わたしに抱きしめられてドキドキしてる?」
勿論抱きしめた状態なので、橙空の声が、直接耳に囁くように聞こえる。
「っ……そんなわけ……」
反抗的に返すが、実際エネはドキドキしている。
しかも耳元に囁いてくるので、個人的に敏感なところである耳が刺激される。
鎮めようと落ち着いてみるが、それを見透かすように、橙空は更に抱きしめてきた。
「ふふふふ、可愛い」
可愛い。
これも初めて言われた。それも、女性にだ。
そう思うと、なんだか茶化されたようで恥ずかしくなった。
これだったら、普通に虐められた方が幾度もマシだ。
鞭やら何やらで、こんなひ弱な身体を打ち付けて、悲鳴にも聞こえる喘ぎ声でも上げれば、大抵の客は悦んでくれる。
その方が単純に楽だ。
恥晒しになった気分にならないのだ。いじめることで可愛い声で鳴くM体質、それが『濡れ鴉』のエネのウリだ。
「ねぇ、エネくん?」
ふと、抱きしめていた橙空が、ひっそりとエネの耳元に囁くように名前を呼ぶ。
この時も、橙空の吐息が耳元にあたり、敏感に刺激されてしまうが、次に橙空が発した言葉によって、昂ぶった動悸が一気に鎮まる。
「ここから、わたしと一緒に出たい?」
なんてことない問いかけ、普通なら聞き返すくらいだ。
しかしエネは、思わず橙空を突き飛ばした。
突き飛ばした。とは言うものの、今のエネでは、女性の抱擁を引き剥がすほどの力が無いので、普通に橙空の腹部を押し付けただけに留まる。
「……離して」
「…………」
橙空も何かを感じ取ったようで、大人しくその言葉の通りに従う。
抱きしめていた両腕を解き、エネから少し距離を置いた。
エネの様子は、一言で言うなら、『拒絶』である。
媚を売らず、ただ単に橙空を、光の無い眼差しで睨みつけていた。
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