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そしてエネは自傷を図ろうとした矢先、
『そろそろあがれ、お前に一番客だ』
シャワールームに備え付けていたスピーカーから、出るように命令された言葉が飛び出す。
エネは小さく舌打ちをし、濡れた髪と体をタオルで拭いながら、シャワールームから出た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
娼年としての稼ぎは、意外にも沢山ある。それでも、この屋敷から外出する許可を得るほどの稼ぎには達していなかった。
しかしエネは気にしない。外出できても、また戻ればいつも通りだし、何より外に出ても、人間の汚いところを見るだけなので、少なくとも、あの部屋にふさぎこんでいた方がまだマシだった。
部屋に戻ったエネは、仕事用の着物ーーカラスの羽のような模様が目立つ、膝丈ほどの際どいものだーーを纏い、正座をして待っていた。
相手は、この部屋に現れるまで性別も顔もわからない。顔がわかったところで、相手する人間を選ぶ権利は無い。
ちなみに男性の客が圧倒的に多く、女性の客は大幅に少ない(そもそも女性が娼年と情事を行う事があるのか不明だが)。
ふと、部屋の襖が開いた。エネはそれに合わせて、頭を深々と下げる。
「濡鴉、エネでございます。今宵は、この私の身体を弄び、存分に心を満たして下さい……」
口上を述べて、下げた頭を上げる。
しかし、ここでエネの予想は思いっきり裏切ることになった。
相手は中年の男か、割腹のある成金の豚かと思っていた。しかし違う。
エネが見つめる先に居たのは、女性だった。
しかしただの女性じゃない。水色のロングに碧眼、肌はエネと同じくらいの白、 紫のスカートの下に、紺色のジーンズを履くというダブルボトム。
彼女の雰囲気は、妖しく綺麗な印象を思わせた。
「…………」
言葉を失う。
エネは女性の雰囲気に言葉を失った。
勿論、エネは女性を相手したことがないわけではない。
経験上少ないものの、慣れないことというのは無い。
しかしそれでもエネは、この女性に対して、呆気に取られていた。
今まで相手にした女性とは違う。
どのカテゴリーにもジャンルにも当てはまらない。
完全にオリジナリティ溢れたタイプだった。
そしてエネは自覚しなかったが、
エネはもう、彼女に惹かれていた。
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