誤審

10/13
前へ
/13ページ
次へ
青年が、起き上がって私を見た。 正確には、見つめてきたという表現が正しいのかもしれない。 想像通りに、顔は涙と黒土でぐちゃぐちゃだった。 私は、その瞳に詫びを入れたくなる衝動を、押さえに押さえて 極めて平然を装い、尋ねた。 「何かね?」 聞いたものの、次の言葉を、私は期待しなかった。 何も言わずに去ってくれれば、それが一番よかった。 ひと睨みぐらいを残して、この場から立ち去ってくれれば、と、そう願った。 が。 運命はそう簡単に荷を下ろさない。 その青年は、乱雑ながら帽子を取り、ヘルメットを捨て、 その青い短髪の頭を深々と下げて、 ぽつり、「ありがとうございます」といったのだ。 私は、思わず振り上げていた拳を降ろした。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加