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青年が、起き上がって私を見た。
正確には、見つめてきたという表現が正しいのかもしれない。
想像通りに、顔は涙と黒土でぐちゃぐちゃだった。
私は、その瞳に詫びを入れたくなる衝動を、押さえに押さえて
極めて平然を装い、尋ねた。
「何かね?」
聞いたものの、次の言葉を、私は期待しなかった。
何も言わずに去ってくれれば、それが一番よかった。
ひと睨みぐらいを残して、この場から立ち去ってくれれば、と、そう願った。
が。
運命はそう簡単に荷を下ろさない。
その青年は、乱雑ながら帽子を取り、ヘルメットを捨て、
その青い短髪の頭を深々と下げて、
ぽつり、「ありがとうございます」といったのだ。
私は、思わず振り上げていた拳を降ろした。
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