第5話

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やあ、歩いている人を見るのは久しぶりだよ。と、その人影は言った。わたしは黙っていた。君も電池が足りないんだろ、僕のとつなげてみないか。少しは長持ちするようになるんじゃないかな。そう言って人影は近づいてきた。輪郭がだんだんはっきりしてくる。わたしはその影から離れようとした。でも雨が絡まって動けない。右腕を触られた。たぶんわたしの右腕だとわたしが思っている右腕にそれは触れてきた。振りほどいた。輪郭のおぼろげな存在に触れると消えてしまう気がしていたからだ。わたしにとっては向こうの輪郭があいまいなのだが、向こうからみたらわたしの輪郭もおぼろげなのだろう。ならば、それがわたしに触れたりしたらわたしは消えてしまうかもしれない。右腕に左手で触れながら、走る、逃げ出す。雨はわたしを嫌うように千切れていく。 どれだけ走っただろうか、どれだけの人影とすれ違っただろうか。わたしは足が痛くなってきて、立ち止まった。膝に手をついて、息を整える。走っている間は気づかなかったのだが、心臓が痛いほどに収縮と膨張を勢い良く繰り返している。右腕もわたし自身も消えてなくなりなどしていなかった。わたしは少し安心した。そして、ゆっくり歩き始めた。 雨はもう重くなくなっていた。足に絡み付いて歩きにくくなることもない。変な感じだ。今まで当然のようにあり続けたものが変わってしまったのだから。人影も心なしか輪郭がはっきりしているように見える。それがいいことなのか、私にはわからない。はっきり見えたほうがいいのだろうか。それとも、このまま曖昧に世界を見ているほうがいいのか。 世界は様変わりしているように見えた。雨が隠していた何かが見え始めていた。それはわたしへの拒絶にも見えたし、受容にも思えた。まだわからない。もし拒絶されたら、それは恐怖だ。わたしが世界に拒絶されていたのだとしても、雨が降っていたほうが見えないだけましだった。
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