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ろくな言葉が出てこなかった。震える腕で少女を抱きかかえた。それはそれは、愛おしそうに。初めて抱いた少女は驚くほど軽く、より一層少年の心に暗い影を落とす。……何故、お前が死ななければならない、と。
両親を亡くし、天涯孤独であった少年に不器用ながらも、人の温もりを教えてくれたのが少女だった。対応こそ冷たかったが、傷を治してくれたり、「陰陽術」を教えてくれたり、実の姉のようによく世話してくれた。
彼女と過ごした八年間。今思えば、それはあっという間であった。走馬灯のように駆け巡る日々。地元は京都であったから、様々な寺社を巡った。菅原道真の学業成就のお守りを、彼女が皮肉共にくれたのをよく覚えている。
そう言えば今年の夏休みに珍しく暇を出され、二人で地元の祭りに行った。騒がしいのは共通の苦手項目であったから、神社の境内から遠巻きにぼんやりと見ていた。遠くに聞く祭囃子や人々の喧騒は、今でも覚えている。そして、ただじっとそれらを見つめる彼女の横顔を。
思い出し、胸がちくりと痛む。併し、少年は己の中に芽生えていた淡い恋情に気付いていたのか────。
雨はただ無情に降り、少年の頬を叩く。空は病的なまでに白み、枯葉と共に色素が落ちてしまったかのよう。その山では、景色一体が死んでいた。
────その死の中にまた、少年の腕の中の少女も取り込まれていた。
「すまん、亜豆奈(あずな)……」
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