序章 虐殺妃と呼ばれた女

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一年の約半分、国土を雪で覆われる白銀の国、シェルツワイズ皇国。 この国で賢帝とその徳を讃えられた国王・グラシア七世が崩御して、一週間が経つ。 王が息をひきとった途端に、その妃・フランチェスカは地下牢に投獄された。 謂れのない謀反の嫌疑をかけられ、近衛兵に槍を向けて囲まれ、拘束され、罪人のように手と足に枷をはめられて。 それは他愛もない権力闘争の、ありふれた一場面。 国王という後ろ盾を失った王妃が、王侯貴族たちの権謀術数によって陥れられたという、古来、小説や戯曲でもはや定番となりつつある、ある種のお約束な展開。 自分たちの立身出世、矜持、そして命を賭した、一世一代、悲喜こもごもの醜くも絢爛な椅子取りゲーム。 権力という椅子から弾かれた敗者は、華々しい「宮廷」という舞台から姿を消す。 場合によっては家督も、命も抹消される。 しかし、牢の鉄格子を鬼気迫る形相で睨みつける王妃――――フランチェスカは、そんな遊戯に加わることを断固として拒否した。 罪を自供せよとどれだけ圧力をかけられても、彼女は決して屈することはない。 むしろ、尋問官や牢を監視に来た貴族を声高に、権高に、恥知らずと罵声を浴びせ続けた。 自分を陥れた者たちがそうしたように、嘘をついたり、あるいは脅迫したりといった姑息な手段を潔しとせず、どんなに自分に不利な状況であろうと、その口から事実以外の言葉がつむがれることはない。 一日に一度の粗末な食事と三度の水のみという兵糧攻め。 固く黴臭い寝台。 みるみるうちに痩せ細り、身を切るような寒さに凍え、満足な睡眠を摂ることさえかなわない。 にも関わらず、王国の薔薇と謳われた美貌は、やつれてなお凄惨さを増していくばかりだった。 国王の弟、フィリッツ親王が地下牢に来た時、聡明な王妃は義弟の策略を瞬時に悟った。 自分を廃し、亡き国王と先の王妃との間に出来た王女・クレアラータを擁立し、その後見人としてこの宮廷に君臨する皮算用なのだ、と。 とうに齢二十を超えた、厳格で孤高な扱いにくい王妃より、まだ十と三つを過ぎたばかりの幼い姫を傀儡(かいらい)として玉座に就け、その背後で摂政として実権を握る。 そのためにフランチェスカを大逆罪で処刑しようと、親王とその腰巾着は今頃、偽の証拠作りに躍起になっていると、宮廷では水面下でささやかれていた。
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