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「再来週の視察に向けて、お急ぎでいらっしゃるのは分かります。しかし、クレア様が去年のように御身を患われたら、元も子もありませんよ」
「そうですね……」
メイドに痛いところを突かれ、王女は神妙な顔をした。
「しかし、時間が無いのです。審判の魔女の――――お義母様の裁判で使われた、あの“黙示録”が見つからない以上、別の、何か別の策を立てなくては」
一日中、文字ばかり追っているせいで疲弊し、かすむ目を指で押さえる。
「審判の魔女、ですか」
「ええ」
それは焦りにも似た、悲痛な声音だった。
「この機会を逃せば、次の視察は半年後です。これ以上、時間をかけるわけにはいかないのです」
「……姫様」
返信用の便箋を取り出し、なめらかにペンを走らせる。
白目は充血し、目の下には薄く隈(くま)がふちどられていた。
「どうしても、私は審判の魔女に会わねばなりません。何としても」
フェンリルは王女に、何と言葉をかければいいのか分からなかった。
そのかわりに、小さな肩が寒さに震えないよう、暖炉に薪をくべる。
マリアも隣の机の燭台を、王女の手元を照らすように移動させる。
時を刻む大時計の秒針の音と、薪が燃える音、ペンが便箋の上を走る音だけが、図書館の中で響いていた。
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