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卑劣な者たちへの怒りは尽きない。
が、不思議と彼女は自分の命に執着は無かった。
国王という大きな後ろ盾を失った今、よほど大きな後見がついていなくては、偽装されたとはいえど、謀反の疑いを晴らすことは出来ない。
彼女はこのまま大逆罪の首謀者として祭り上げられ、じきに処刑されるだろう。
しかし、薄暗い地下牢に繋がれた王妃に、無罪を証明する術など無い。
唯一、所持することを許された懐中時計が秒針を刻む。
乾いた音が冷たい石の壁に反響する。それはさながら、彼女には残りの命を数える、死神の声のように聞こえた。
(私の命も、ここまでか……)
心の中で、静かにつぶやく。
唯一、心残りなのは、まだ幼い王女のことぐらいだった。
クレアラータが父を失った悲しみに暮れる暇もなく、親王や奸臣どもに利用され傀儡に仕立てられてしまう将来を思うと、胸が痛くなる。
優しく、穏やかで、心の清らかで素直な性格が、この魔窟でねじ曲げられてしまうのか。
彼女のそんな暗い未来だけはどうしても、フランチェスカは認めることが出来なかった。
もともと、フランチェスカは権力への関心は薄かった。
生まれつき王族だったからか、生まれながらにして持てる者の傲慢というものなのか。
権威を少しでも高く持とうと血眼になる者たちが、何故そんなに必死になれるのか、全く理解できなかった。
そんなものよりも、温かい家族や信頼できる友人、尊敬できる恩師、そういった人間関係の方が尊く、得難い物なのではないのか。
夫がまだ健在だった頃、そんなことをぽつりと漏らした彼女に親子は微笑んだ。
「そうだね。本当に、その通りだ。でも、フラン……」
あの時、夫は彼女に何と言ったのだろう。
空腹と怒りで霞がかかった脳に、悲しげに囁いた夫の声が甦る。
「この宮廷でそう思っているのは、私と、君と、クレアだけかもしれないね」
(……ああ、本当にその通りだった)
彼女は悔しさと悲しさに折れそうになる心を叱咤するように、血がにじむほど強く下唇を噛みしめた。
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