序章 虐殺妃と呼ばれた女

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半年前、病に倒れた夫をフランチェスカは必死で看病した。 医師団に頼りきりになることをよしとせず、少しでも効果のある治療法はないかと、連日、睡眠も満足にとらずに、図書館で片っ端から医学書を読み漁り、少しでも効果のありそうな薬や治療を、医師に相談して積極的に取り入れた 公務を終えた後も、疲労で倒れてしまいそうな体に鞭をうち、夫につきっきりで介抱し続けた。 「謀反などとふざけた事を考えている暇など、無かった。貴殿達とは違って、神に誓って、そう言える」 牢に来た親王と尋問官にフランチェスカがそう吐き捨てたのは、まだ昨日のことだ。 手足に食い込む枷を忌々しく見つめ、舌を打つ。 彼女は自分の甘さを呪った。 親王や一部の大臣は、確かにここ一月前から、明らかに国王がいなくなることを想定して着々と準備を進めていた。 フランチェスカも薄々勘付いてはいたが、そんな不届き者と悶着を起こすより、病に苦しむ国王に一秒でも長く付き添っていたかった。 その隙に付け込まれ、自分は罪人に、愛しい義娘は傀儡(かいらい)に仕立て上げられようとしている。 フランチェスカは許せなかった。 クレアラータを守れない自分が、肉親を平気な顔で利用する親王が、その策略に加担する腐った奸臣どもが、許せなかった。 懐中時計に彫られた王家の紋章である双頭の蛇を、筋の浮いた指でなぞる。 ――――自分はどうなっても良い。しかし、王女は、クレアラータだけは。 神に、亡き夫にすがる思いで手を組み、つめたい床に膝をついて頭を垂れる。 「主よ。偉大なる祖先の英霊よ。どうか幼い王女を、厄災から守らせたまえ。祖国を、清く、正しく導かんことを……」 時間が空けば、牢壁にかけられた、神の守護を象徴する蛇のレリーフに祈りを捧げることが、ここ一週間の日課となっている。
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