序章 虐殺妃と呼ばれた女

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もしも、と彼女は心の中で呟く。 ――――もしも今しばらく、私を生かしてくださるなら。 汚らわしい逆賊どもを一掃し、この国の腐敗を根絶し、王女を生涯守りとおすことを誓います。 それがたとえ、私の命を捧げることになろうとも。 堅く目を閉じ、何度も何度も天に祈り続ける。 こつん、と靴音が静かに響く。 次の瞬間、フランチェスカは何かの気配を察知して後ろを振り向いた。 「なかなか、骨のある王妃じゃないかえ」 低く、しゃがれた声が石壁に響く。 目の前にいたのは、黒い襤褸(ぼろ)をまとった老婆と、肩に乗った奇妙な生き物だった。 大きな蜥蜴(とかげ)を彷彿させる青緑の鱗に覆われた体と、頭部に付けられた髑髏(どくろ)の形を模した仮面。 「あなたは?」 「私かえ?審判の魔女と呼ばれる者さ」 「審判の魔女?」 その言葉に、彼女は覚えがあった。 この大陸の各国に偏在し、時の為政者や時代の吉兆を占う役を負った者を、この国では「審判の魔女」と呼ぶと古文書で目にしたことがある。 運命の女神に仕え、為政者に神の宣託をあたえる女神の代弁者。 しかし、目の前の老婆はとてもそんな神聖な巫女には見えなかった。 巫女どころか、童話から抜け出してきた、怪しげな魔女にしか見えない。 「あんた、ここから出たいかい?」 「……出られるのなら、是非とも。しかしあなたは一体、どうやってここまで来られたのですか?」 「そうかい。それにしても、ここは相変わらず寒いねえ」 地下には入り口か牢屋に至るまで、十数名の兵士たちが配置されているはずだ。 そもそも、牢につながれた人間と面会する時に、は必ず尋問官が一人以上、監視として同行する決まりになっている。 それすら付けずに、老婆は一人で、というか、正確には肩に乗っている大蜥蜴と一人と一匹なのだが、飄々(ひょうひょう)と立っている。
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