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「せやったな…。ありがと。見てくるわ」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げると、ひらひらと手を振り歩いていってしまう。
ちょうど同じ方向に用事のあった僕は、数歩遅れて歩く。
「じんましんかな……」
口の中でつぶやきながら、主任の脳内では内田さんの情報が風に舞う書類のように乱舞しているのだろう。定員200名という規模の大きな有料老人ホームに併設の訪問介護事業所の事実上はトップ、役職はサービス提供責任者の木村主任は、恐ろしいほどの記憶力で入居者の情報を脳内に蓄積している。
「アレルギーは無かったはずだけど……。まぁ、見てからか……」
微かなつぶやきを廊下に落とし、西浴室のドアを軽くノックした。横顔は、いつものキリリとした顔ではなく、花が咲くような笑顔で「ちょっとゴメンなさいね」と明るく言いながら、スルリと脱衣場に入っていった。
『ゴメンなさいね、お風呂中に。背中が赤いんだって?』
『主任、そうなんです。ここの肩から腰に掛けて。範囲は広いですが』
『あらあら、ホント……。痒くない?』
『かゆくはないのよ。そんなに赤いかしら……』
そんな話し声を扉越しに聞きながら、僕はもとの業務に戻っていった。
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