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プロローグ
ドアスコープと目があった。何度目かのノックをしたあとだ。ほどなくしてアパートのドアがひらいた。
「あ、ひさしぶり」
なかから顔をのぞかせたのは髪の長い女。おうとつのすくない顔は幸(さち)が薄そう。名前はマユリ。おれが世話になっている女のひとりだ。
「ダンちゃん」
身長の低い平べったい顔の女は、おれを見るなり、ぱあっと表情を輝かせる。いつも退屈を貼りつけているくせに一瞬で笑顔に変わるのだ。こいつはすぐに心の色が顔にでる。
マユリが呼んだ「ダンちゃん」というのは、おれの名前。もちろんあだ名だ。本名じゃない。おれはこのあたりでは男爵(だんしゃく)という名でとおっている。
男爵だから、ダンちゃん。ださい名前。誰が最初にいいだしたかは知らないが、勝手な呼びかたはかんべんしてほしい。おれは貴族なんかじゃないし、どこかの王さまから正式に爵位をあたえられたわけでもない。
最初にいっておくが、おれとマユリのあいだには身体の関係はない。知りあってまだ日が浅いし、べつの理由もある。それはたぶん最後にわかる。だから今は気にしないでくれ。
「どうしたの、ダンちゃん」
心配そうにマユリはおれの顔をのぞきこむ。なんでもないといった調子で首を振った。
「よかった」
マユリはいう。
「ダンちゃん、もうきてくれないかと思ってた」
そういいながらおれを見つめるマユリは、心底嬉しそうだ。こういう顔をされれば、おれだって悪い気はしない。女のほうがこんな調子でいてくれるから、職も持たず自由気ままに暮らしているおれは餓死せず生きていける。
「さあ、はいって、はいって」
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