段差を登れない女

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―――ステージの下ではスタッフが慌ただしく動いていた。 ステージの上にいるのはジジ、レオ、レオへの挑戦者としてエントリーした手練れの男が二人。 一人はモヒカンをこさえたゴロツキの風貌、名前は忘れたからモヒカンとしよう。 一人は黒髪に黒縁メガネ、着崩したスーツを身につけた頭脳派の風貌、名前は忘れたからメガネとしよう。 そしてもう一人。 もう一人が問題だ。 風貌がどうたらの問題ではない。 居ないのだ。 苛立ちを隠せず足裏を上下するレオは、やがてジジの肩に手を置いた。 「おいジジ、女はまだか?」 「ん? 『スタートには間に合うようにはする』と言ってたんだがな」 「気に入らねぇ。その女、俺達のミラノストリートをナメてやがる」 「まぁ落ち着け。まだレース開始までまだ5分あ…」   フォーン… 「あ……?」 ……その時、車を改造することに没頭し始めた頃の、大衆車でカラ吹かしをしていた自分を思い出した。 今のはその音。 純正のマフラーになに一つ改造を加えていない、ファミリーカーのエキゾーストノート。 その音は決して大きな音ではなかったが、場所に相応しくないだけにレオの耳には浮き出って鮮明に聞こえた。 それはジジとライバルの二人も同様だったようで、レオとともにその音源へと目を向ける。 壇上の彼らの様子を見て、ブース前の観衆もドミノのように視線を翻す。 観衆の後ろだ。 先程までいなかった車が、ある。 居る。 廃棄ガスを吹き、決してうるさくないアイドリング音を奏でながら。 イタリアではあまり見ない形の車だ。 日本では確か、あの車の形をミニバンと呼んでいるらしい。 ガラスには深いスモークがかけられており、車内は見えない。 真紅の車体色、低いが低すぎない車高。 そしてボディーバックに煌く、「OdyssEy」のエンブレム。 なぜ、なぜファミリーカーがこの場所に来る……。   ピリリリリっ! やがてジジのスマートフォンの着信音が鳴り、その静寂は突き破られる。 ジジはポケットからそれを取り出し、画面を眺めた。 「……レオ、あの女だぜ」 「DJテーブルに繋げ。遅刻の言い訳を晒してやろうぜ」 「ははっ、名案だ」 ジジは応答ボタンをタップする。 間を開けずにイヤホンジャックにフォンケーブルを繋ぐと、広場に「ポコン!」という軽快なガリ音が響いた。  
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