ハンドルを握る女

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踏み込むアクセル、飛び上がるタコメーター。 ギアを1速に入れ、本能のままにクラッチを繋ぐ。 リアタイヤから上がる白煙。 身体全体にのしかかる前からのG。 ゾンダが戦闘体制に入る。 シグナルからここまで1秒足らずだ。 しかし目の前にいる赤いオープンカー、カマロの発進はさらに鋭く、頭一つ飛び出す。 逆にムルシエラゴに乗るのはド素人の女。 スリップを恐れているのか悠々とした走り出しで、後列のBMWがあわや追突というところだった。 まずはコルソ・センピオーネ通りを北西へひたすら直進する。 距離1.6キロ。 並行する路面電車の線路がノスタルジックな風景を創造しているが、そんなことはどうでもいい。 前列、グリップが効き始めたらしいムルシエラゴは赤いカマロのテールを捉える。 後列、レオはBMWのシフトチェンジミスを見切り、半台分前に出る。 直線の中間地点付近にて一般車両が出現。 それを避ける為に四台はフォーメーションを縦一列に並び代え、明確な順位を弾き出す。 一位、モヒカン操る赤いカマロ。 二位、クソ女操るムルシエラゴ。 三位、レオ操るゾンダ。 四位、メガネ操るBMW。 団子続きだ。 しかしこのレース展開を見るに、直線を進めば進むほど四台それぞれの差は顕著になっていくことだろう。 今はそれでいい。 今日の敵はムルシエラゴでも赤いカマロでもない。 今日の勝負所はストレートではない。 この1.6キロの直進を抜けると、フィレンツェ広場の全周800メートルのロータリーが現れるはずだ。 指定方向外進入禁止標識を無視して左折、八分の七周して、センピオーネ通りから見て315度右に折れる。 最初の勝負はそこ。 コーナーが下手な赤カマロはアウトに膨らむ。 ムルシエラゴに乗るのはド素人の女。 唯一警戒すべきBMWとは適度な差がある。 行ける。 そこで抜きん出てやる。 間も無くフィレンツェ広場。 前を走る2台とは少し差がついた。 チラリとルームミラーを見ると、BMWと自分とはおよそ30メートルほどの差。 この315度コーナーで前の2台に追いつき、BMWとの差を広げる。 終盤の短いストレートと角度の浅い高速コーナーのセクションでトップに躍り出る。 ここからだ。 ここからが勝負だ。 赤いカマロとムルシエラゴがコーナーに入る。 ―――違和感は、その瞬間に分かった。  
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