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三度上がる白煙。
ムルシエラゴは駅に到達したらしい。
教本のようなテールスライドで右コーナーを抜け、またもやドリフトで弧を描く。
ムルシエラゴを真似てこちらもドリフトで切り抜けようかとも思ったが、同じ手法を使っても差を広げられるだけだ。
そう、レオは自分自身の身体が負けを認めていることに気付いた。
グリップでコーナーを曲がりながら、15秒も前にコーナーを抜けたムルシエラゴの美しすぎる拳動を遠い目で眺める。
そしてまた100メートルほどのストレート。
差はさらに広がっていた。
焦りはもはや覚えぬものの、何度見ても驚愕する。
なぜこれほどのストリートレーサーをノーマークにしていたのだろうと。
離される。
まずい、離される。
このストレートでのムルシエラゴは、“普通”だった。
ブレーキランプは一切光ることのない、興ざめしたかのような様子のムルシエラゴ。
紅蓮の光を纏う漆黒のボディー。
それを操るのは、あの金髪の女。
空気の読めないクソ女。
ムルシエラゴのリアタイヤから、既に見慣れた白煙が見えた。
嗚呼、と、思わず感嘆が漏れた。
ギュアァァァァァァァァァ…
レオがようやくそのクランクを抜ける時、ムルシエラゴは消えていた。
遥か遠くからタイヤとアスファルトが擦れる音、そしてムルシエラゴの咆哮が聞こえる。
そうか、これが忘れかけていた負けるという感覚か。
もう追い付けない。
ド素人に。
女に。
しかもよりにもよって、あんなクソ女に。
あんな低い段差もよじ登れない女に。
あんな女に、喰らい付くことすらできない。
目で追うことすらできない―――。
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