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放生会着物(ホウジョウヤ ギモン)
戦前の放生会は、それは賑やかで派手だったそうです。
7月の男祭り《博多祇園山笠》で、自由にさせてくれた奥様や子供達に、男衆は慰労の気持ちを込めて、放生会が始まる前に、女性に着物を新調していました。
それが、放生会着物(ホウジョウヤギモン)の始まりです。
博多の男に取っては、放生会に来ていく着物を、妻や子供に買ってやれない事は、最大の恥だとされていました。
その為、福岡市の呉服屋の売上は、大半がこの放生会着物で、占められていたそうです。
まるで、バレンタインのチョコレートですね。
当時は社会的に、主婦や嫁入り前の娘には、外出の機会が少なく、放生会は女性に取っては、貴重なレクリエーションでした。
『人を見るなら
宰府(大宰府)の祭り
衣装を見るなら放生会』
そんな、諺すら残っています。
《昭和初期の放生会風景》![image=476683281.jpg](https://img.estar.jp/public/user_upload/476683281.jpg?width=800&format=jpg)
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