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『では皆さん。健闘を祈ります』
この言葉がゲーム開始の合図だった。
私は折りたたみナイフをポケットに仕舞うと音楽室を後にした。
▽
「………」
静かな調理室で一人、机の下に隠れていた。
廊下から足音一つ聞こえないのは不気味で仕方ない。
…もしも、願いが叶うなら…
何度願った事だろうか、何度祈った事だろうか、
叶った事は無かったけど
「……お兄ちゃん……」
私は膝を抱えて大好きなあの笑顔を思い出して震えた。
▽
私の兄は所謂『問題児』と言う奴だった。
学校に行けば喧嘩、喧嘩、喧嘩三昧で両親も先生も友人も兄を見放していた。
でも、それでも、私は兄が大好きだった。
少し不器用な兄は人と上手く馴染めないだけで本当は誰よりも心優しい格好良い人なのだ。
私にはいつも優しくて、そりゃあ喧嘩もしたけれどいつも兄から謝って来てくれた。
私が誰よりも尊敬し愛した兄だ。
そんな兄の最期を作り出したのは私だった。
兄と出掛けている時に強く降り出した雨に濡れるのが嫌で走って横断歩道を渡った。
信号を確認した時には点滅していてギリギリ間に合うか、と言う曖昧な感覚のまま私は飛び出した。
強く引っ張られた右手に流され横断歩道を渡る前の場所に戻されて尻餅をついた私に手を引っ張った兄はバランスを崩して車の前に倒れこんだ。
そこからは気付いた時には兄の死を知らされて、気付いた時には兄の葬式が終わっていて…誰も私を責めてはくれなかった。
▽
「亜美ちゃん?」
その声でハッと我に返ると目の前には美穂が片手に大きなハンマーを持って立っていた。
「…お、鬼?」
少し上擦ってしまった声で聞けば美穂はケタケタと笑った。
「まさか!鬼だったらとっくに亜美ちゃんの事捕まえてるよ?」
それもそうである
私は美穂に隣に座る様に促した。
「ありがとう。でもさ、私も亜美ちゃんも鬼じゃないって事は友梨ちゃんか歩ちゃんのどっちかが鬼ってことでしょ?注意しなきゃね!」
美穂は何を願うのだろう…ふと、そう思った。
もしも、美穂がなんらかの方法で最後の一人になったら美穂はあの無機質な声になんと願うのだろうと純粋に疑問を抱いた。
「ねぇ…美穂は…」
そこで私の言葉が途切れる。
美穂が口の前に人差し指を出して「静かに」と合図をしたからだ。
廊下からコツコツ…と足音が聞こえる。
私達は息を殺して机の下に隠れていた。
足音は調理室の前を通っていき、そのまま何処かへと行ったようだ。
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